発達sos

広汎性発達障害の子の発達・療育凸凹奮闘記。

発達障害を克服しようと思っていたことは、間違いだらけ。

ドーマン法に出会い、ドーマン法を実践し

ハルの発達障害を克服しようと、

前のめりになり過ぎていたことに気付いたのは、

ハルの生理的部分(きれやすい)だけは

ドーマン法を実践してもあまり変わらないからでした。

 

ハルがすぐ感情が乱れたり、切れやすいのを

障害のせいだけにしていたました。

障害が理由だけではありませんでした。

私、母だった事に気付きました。

 

ドーマン法をやりきると

ハルの淀んだものが、澄み切ったものになります。

今までの生理的なものや多動、不注意やこだわり、パニックといった障害が

霧がはれたように澄み切ります。

 

しかしプログラムに慣れてきたり、

プログラムができない事があるとすぐに淀んできます。

取り除いても取り除いても

何者かに脳を阻害されたように淀んでくるのです。

 

私は障害を克服することがベストだと信じてきました。

でもそれは、ハルの人間性を否定することにも

なっていました。

 

ハルの生理的部分がドーマン法を1年実践しても

大して変わらないのを見て

知的や運動部分の能力は、すばらしく上がっていくけれど

根っこの部分は治らないのかもしれないと考えると

ハルの障害と一生付き合っていこうと、

ハルが幸せでいれるよう、守り抜いてあげようと

ハルの障害を初めて受け入れる気持ちになりました。

 

そして急にふと肩の力が抜けました。

 

これからは、めちゃくちゃ全身で愛して

穏やかな気持ちで過ごしていけるようにしてあげよう。

 

そう思って肩の力が抜けると、ハルに変化が起きました。

 

ハルの情緒が落ち着きはじめました。

何か不快なことがあっても、動じないことが増えました。

 

わたしが克服に躍起になり、ハルを追いつめていたんだなと

感じました。

 

そこから私はプログラムを喜びのプログラムに変えました。

プログラム実践中にハルのモチベーションが下がると

激励していたのを、

ハルの目線に置き換えることができるようになりました。

 

私が変わらなければならなかったのね、ごめんよハル。

、、、と幾度も思い、また同じことを繰り返すダメ母です。

 

でも母も随分、母になりました。

 

ハルの為にと思っていた頃は、ハルがやらないと腹が立っていたのです。

ハルにとっては、為でもなんでもない嫌がらせのようなもんです。

子供は親が正しいと思ったことをやらされるんだからね。

 

ハルにプログラムやってもらってると思うと、自然と

ハルにとって心地の良い言葉しか思い浮かんで来なくなったのです。

 

ハルは変わりはじめました。

 

ちょっとした事で動揺したり

相変わらず不安定のとこはあるけれど、

親の対応が、

ハルの人生の分け目になることは

事実ですね。